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/rinosatoshi/ - りのさとし 世界心道教

世界心道教について語り合います。


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​この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。  
​そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた
一二日 雲読之命様 うらおもて ありてはならん このみちは
         てほんひながた さとりとれたら 仏滅 ☆
五一九
三八四
七六二 🐐  
​『手本ひながたととする事情』と天で仰せくだされてありますとおり、『裏と表とまた中と、三つそろえてつとめごしらえ』と仰せくだされてありますが、親様の前では、よいことばかり聞かせておいて、裏面にまわると、家庭をもませたり、家庭の者をがなりつけたり、不足を言うたり言われたり不足をさしたり、不足をしたり、何のこともない一家の家庭が、泥試合のようなもの。日々に秩序正しく暮してゆけばごた〜はないのに、裏面でいつもごた〜して、表面ではよい顔して何んのこともないいちあかん、『らがなかれば日が照らん。承知できねば何もびっしゃり、あれもやみ、これもつまりて、日は照らん。やぶれちぎりてかけてゆくなり』と仰せくだされてありますが、

​この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。  
​そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた

​一三日 惣根之命様 そんしても とくとることが たいせつや
          よくのこころは そんをするぞや 大安 ☆
六二一
四九五
八七三 🐒  
​『損しても得とることが大切や』ということは、このお道に運んでおつくしすれば、損をするような考えをもつ人がたくさんあるように思いますが、徳を積めば、天は人間におつくしをして損をしている人がありあますか。おつくしをして余計にもうけさしていただいている人がたくさんあると思います。  
​これをおつくしをして一家の家庭がまわらなくなったら大変だと、案じながらおつくしをしている人は、そのわりに理からもうけさしていただくことはできないと思います。親様から御利益をいただいて、つくしていただくのがあたまえだというてつくしている人は、結構にもうけさしていただいて

​おられるでしょう。  
​『損しても得とることが大切や』ということは、世上でもよく言う、「まかぬ種は生えぬ」とやら、ということをよく言うておりますねい。大根や菜っ葉でもまかぬ種は生えませんねい。神様の御言葉の中に、『まけば生える、まかねば生えぬ善悪の、人は知らねど種はしょうじき』とも仰せくだされてありますが、まけば生える、まかねば生えぬ善悪の、人は知らねど種は正直ということは、悪いことをしておれば、いつか芽がふいて、その方面につかまってひどいめに会わしただけ、ひどいめに会わねばなりませんねい。よいことをしておれば、いつかその方面で表彰されたり、いろいろの方面から、よいことばかりが現われてきますねい。  
​世の中の人は何も知らんで暮らしているが、種は正直に現われてきて、仏様のような顔をしていても、「人はみかけによらんもの」とか、「あの人は

​鬼のような顔をしているが、あの方はそんなに良いことをしていたのか」と心一つでさげしめられたり、心一つで見直されたり、いろいろと不しあわせのでるのも、幸福の現われてくるのも、これ皆天でしていてくださるのでございますよ。  
​そこで天の御言葉の中に、『ソロバンふせての道や』と仰せくだされてあります以上は、つくしでも、運びでも、世の中のつき合いでも、あまりけちけちして、身びいき身いがってのために、欲の思案ばかりしていると、とんだところで、とんだ思いがけない損をするようなことが現われてきますから、あまり口やかましい心の持ち主になって、口うるさく、「経済がもたん」とか、「こんなことではやりきれない」とか言うて、ぐちをこぼしていると、なんでもない損をするようなことをまねき寄せることになりますから、欲の思案はやめた方がよいと思う。そして皆さんも助からんことになりますでね。

わかったでしょう。  
​一四日 大食天之命様 そんとくの はなしはだれも しっている
           りでなるみちを しらんことでは 赤口 ☆
七三二
五一六
九八四 🐓  
​役にはたたんことになりますから、皆さんはこの道につかしていただいたなら、教えてにもとづいて、しっかりと実行家になっていただきとうございます。なぜならば、この道にはいる前の様な心でいたのでは、絶対に助かりませんでねい。この道の教えにもとづいて、すなおにやらしていただくだけば助けていただくことは疑いはありませんよ。  
​なぜならば、皆さん方は、「親様月日様」と言うておられるでしょう。あんた方の全財産を年限かかって、裸にむいたおぼえはありませんでねい。とにかく皆さん方の魂の親であり、肉体の親であり、いっさい物というものは皆借り物ですから、皆さんの物を裸にむいて嘆かれれば、親だもの、また与

​えなければならんことになるでしょう。そんなまわりくどい、めんどうくさいことはきらいな親様ですから、安心して欲の心はやめて、おつくししてもけっして親が子供に損をさすような親はありませんでねい。  
​天の月日親様は、『人間もわが子かわいいであろうがなあ、それを思うて思案してくれ』といつもくど〜仰せでございますでねい。親様月日様に助けていただくのに、つくしはしたくないし、運びはしたくないし、においがけも、お助けもしみたくはないし、心の改良もしみたくはないし、悪い時だけ「おまえは助けてくれればいいのだ」というような心では、そちらはよいか知破りませんが、こちらは情けないことになりますでねい。天の御言葉の中に『本部内の人を助ける人を助ける』と仰せくだされてありますからには、皆さん方が助けていただいて、そのてまえ、「ありがたかった」と、ふせをするのに文句を言うている人があるのだから、こちらではいつも情けないと思っ



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